カメラマンの日常。
カメラのこととか青山のこと阿佐ヶ谷のこと、
たまに島の話。
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昭和10年頃の因島


こんばんは、ほぼ因島出身のケビン前田です。
個人的にかなり珍しい映像があったので貼ってみました。

説明によると因島重井村(現尾道市因島重井町)の映像のようで宣教師ファーナム氏が16ミリフィルムで撮影とのこと。(無音声)

内容は、ファーナム氏の家(現在のペンション白滝山荘)と家族、周りの畑とそこで働く­人々、重井の町並み、重井小学校の朝礼風景とラジオ体操、重井港と艀(はしけ)による­乗船の様子など、当時の因島の生活を窺い知ることができる興味深いものです。

私事ながら先日108歳で亡くなったうちのばあちゃんがちょうど20歳前後の頃の映像のようなので新しいもの好きだったばあちゃんが写ってるのではないかと探したのですがみつかりませんでした。

狭い島だから外人はさぞかし目立ったことだろうから噂を聞いて見に行ってたのではないかと思ったのだが残念。
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今年もキター!因島はっさく大福解禁日


本家本元の餅菓子のかしはらでは10月から発売なのだが、いかんせん東京では手に入れるのに送料が結構かかる。

1個160円に送料1080円はちょっときつい、かといって生菓子なので送料がチャラになるほど大量に買い込めば消費が大変。

でも東京在住の皆さんご安心を、銀座にある広島ブランドショップ「TAU」ではかしはらの商品ではないがはっさく大福が一個168円で手に入れることができるのだ(当方お店の回し者ではございません)

ここTAUではすでに10/19より発売していたようだがぼやっとしていて告知を見逃していた。今年も行かねば!


しかし八朔の旬は2〜3月のはずだがなぜに10月発売スタート?謎である。
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珍事!?瀬戸内海に大型クジラとイルカの大群現る


珍事!?瀬戸内海に大型クジラとイルカの大群現る(Yahooニュース)

このあたり、自分の地元なんですけどね確かにくじらなんぞついぞ見た事が無かった。

ただスナメリとよばれる小型鯨類は昔からときどき見られた、見られたと言ってもほんとにたまで自分も一回しか見た事が無い。もう30年前くらいになるが唐子浜から一人乗りのヨット(ディンギー)で沖の小島まで出たときにディンギーの後ろをよたよたついてきたのを一回見たきりだ。

正直最近は瀬戸内海で鯨類を見るのはツチノコを見るくらいの確立かと思っていたんだが、いやーすごいね。イルカならともかく30tのザトウクジラが出たとはちょっとびっくりですよ。

夏まで居座ってくれたらカヌー出して見てみたいようなきもするが、そんなに居座られたら漁業関係者大変だろうな。最近どうせでも漁獲量減ってるらしいのにザトウ鯨+イルカ100匹超が夏までいたらイワシなんか大変な事になるような気がするが。。。海は広いから大丈夫なのか?

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上島町弓削島日記その2、因島オールドカメララビリンス2014


今年ももちろん覗いてみた、土生商店街のはずれにあるカメラ屋さん、あいかわらず店名の看板は見当たらない。

まあこういう地方都市のカメラ店ショーウインドウは何年も変わらないのがお約束なのであまり期待せずに覗いてみたが結構変わってる。

前はオリンパスOM-1が1台だったが2台になってるしペンFも2台に、そしてなぜかペンEEも増えている。なんでOM-1が2台と思いよーく見るとなんと一台はOM-1ではなくあのいわくつきのM-1ではないか。

ご存じない方のために説明するとベストセラー機OM-1は発売当初M-!という名で発売されたのだが革新的なカメラだったため発売のインパクトが大きく当時同じ名前のカメラを先に出していたライカからクレームがついた。そこでオリンパスとライカ社交渉の末オリンパスM-1の名で販売はせず名前をOM-1とすることで決着。オリンパス社は販売中の初期ロット5000台のみ販売しそれ以外の未組み立てパーツはすべて廃棄、名称が新しくなったOM-1は小改良が加えられすべて新造パーツで作られるようになったという結構なレアものだ。

去年の写真をよーく見ると1台だけおいてあるOM-1だと思い込んでた機体、実はM-1でした。去年は軍艦部だけちらっと見て「なんだOMか」と思いスルーしてたのだがM-1だったとは。まだまだ修行がたりないようだ。

こうなってくると横に置いてあるハッセル500やマミヤC33もなにか普通のモデルじゃないのではと勘ぐってしまうがM1-を見逃してしまうような小生の観察眼では変わったところを見つける事ができなかった。とはいえハッセルの500といえば1970年発売当時大卒初任給が4万の時代にレンズ3本とハッセル500本体で軽く100万を越えた超高級機、それが西日の当たるショーウィンドーに無造作に並べられているところだけでただものではないのだが。


ここまで書いていてふと気がついた。いまさらだがここは本当にカメラ屋さんなのだろうかと。

この店は横に小間物屋があってカメラコーナーとつながっているのだが、どう見ても小間物屋のほうがメイン。去年入った時はあまり詳しく店の中を見なかったのだがカメラコーナーが商売をしてる風が感じられなかった。もしかするとカメラ屋ではなく町の商店によくある本業の片手間にDPE取次店やってるだけの店なのじゃないかという気がしてきた。

しかしショーウインドーに値付けしてある商品もあるし。

謎は深まるばかりである。



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夏恒例、島暮らし初日(上島町弓削島日記)


今年もd-fractalマエダカメラ弓削出張所に東京より恒例の避暑(?)に来ている。

あいかわらずのどかな上に今年はいつもより早めに来たので夏休みの家族連れなどがまだあまりいないためさらにのんびりしている。

のどかといえば今日ちょっと面白い事があった。

弓削島出張所には風呂もちゃんとあるのだが、薪風呂なので風呂に入るにも沸かすのに気合いがいる。なんといっても風呂に入るために薪割りという苦行から始めなければいけない。これが寒い時期ならばまだいいのだが夏となると結構な重労働で下手すると風呂に入る前に熱中症でし(以下略

そんなわけで最近は夕方になると近くにある(とはいえ直線距離で阿佐ヶ谷から中野くらいの距離はある)フェスパというホテルの温泉をもらい湯しに行く。先に書いた阿佐ヶ谷から中野間を自転車で真夏に行くとすると住宅の合間を縫って走るその距離はけっこう長く感じるが、ここ弓削島では海沿いの道なためさわやかな風を浴びながらあっという間についてしまう。

ひと風呂浴びたその帰り、ちょっと寄り道しながら海沿いの道ではなく民家のある旧道を通って帰っていたその時に前からちょっと気になっていた「散髪屋」が開いているのに気がついた。

まあ何の変哲も無い散髪屋なのだが、なにか微妙に違和感があった。例えて言うなら沖縄風?いや違うな、などと店の前で考えていると唐突に店主が中から出て来て「散髪?」と聞いて来た。ちょっと躊躇したがまあ最近髪も伸びてきたしちょっと切ってもらうかなと思い散髪してもらうことにし中へ入った。(ちなみに現在肩より下まである長髪、長さにして40センチくらい?)

おやじさんに「さんぱつなんぼ(料金いくら)ですか?」ときくと「ぜんぶやって2300円、切るだけやったら1500円よ」と言われた。じゃあやってもらおうと思いお願いしたところどうするか聞かれたので「毛先を10センチくらい切ってください」とお願いした。そうしたら店主「それだけ?それやったらあんたの髪やったら自分でできるよ、こうやるんよ」といって自分の髪をねじねじして「あんたの髪やったら長いけんこうやって前へもってきてここを切るんよ」と教えてくれた。

と教えられそのまま帰されそうだったので(笑)じゃそれで切ってくださいとお願いして切ってもらった。

だが問題はそこからだ。お金を払おうとすると店主「いやぁこんなんでお金とれんよ」と言ってお金を受け取ってもらえない。仕方ないので「じゃ1000円だけでも払います」と払おうとすると「じゃ500円だけもらうよ」といわれようやく受け取ってもらえた。謎の逆値引き合戦だ。

のどかなのか人がいいのかよくわからないが悪くない。


島にある個人商店めぐりは去年の因島謎のカメラ屋もそうだったが、島の醍醐味のひとつだと思う。



最後にマエダカメラっぽい話題を

--トップ写真は松原海水浴場でヨット(ディンギー)の練習をしている弓削商船の学生
この写真はiphoneで撮ったもの。多少彩度が高めでやや塗り絵っぽい傾向はあるがトーンジャンプは見られないので画としての破綻は無く夏の光がよく表現されていると思う。豊富な光量があればiphonでもかなりの表現力を発揮する、写真は機材ではなく「光を読む」ことが重要なのがよくわかる。
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上島町弓削島日記その8、因島土生商店街の思い出2


上島町日記のはずが、何故か因島日記になってしまっているのだが(笑)上島町、特に弓削と土生の町はほとんど同一文化圏といっていいほど繋がりが強いのでついつい違和感無く話題に取り上げてしまう。

今日は昨日の木村酒舗の先にある時計屋さん「佐藤時計店」

前々からここのレトロで豊富な品揃えは気になっていたので今日はショーウィンドーをじっくり観察してみた。今ではカメラや望遠鏡は家電店に売っているが、昔は眼鏡屋さんや時計屋さんに置いてあったものだ。なので今でも昔の眼鏡屋さんや時計屋さんのショーウィンドーを覗くのはワクワクする、しない?あの時代の子供の憧れと言えば望遠鏡、カメラ、顕微鏡だった。あなたが1960-70年代に子供時代を過ごしたならワクワクするはずだ。

前置きが長くなったがやはりあった、望遠鏡「ケンコー天体望遠鏡 スカイメイトDX D=60mm F=800mm 三脚付き」およそ30年ほど前のケンコーの入門用望遠鏡のデッドストック品。いまでこそケンコーは過剰倍率の不良双眼鏡で有名(?)だがこのころはまだ良心的な製品を作っていた頃である、入門用としては非常にオーソドックスな性能で無理が無い。ケンコー良心の遺稿といえる製品だ。

そしてその横にお宝発見、これも新品のNikon Binoculars 7×50、もちろん箱入り。この双眼鏡の名前を聞いて胸躍る人はかつての天文少年だろうか、元々は海上での使用を意図した製品らしいが口径50mm、ひとみ径7.1mmという視界の明るさで天文愛好家には優秀な天体観測用双眼鏡で通っていた名器だ。今は「7×50トロピカルIF・防水型・HP」という製品に変わっているがやはりこの旧型のいかにも「双眼鏡」というクラシカルな佇まいはなんともいえない味がある。外観の仕上げも現行モデルのシボの細かい合皮だかプラだかわからない外装より、Coachのレザークリームで磨けば怪しいつやの出るシボの大きな本革外装が気分を盛り上げる。

さらに気になったのはその後ろにある双眼「望遠鏡」らしき物体。グレーの同じ鏡筒が2本並んでいて接眼部分が箱に隠れていたので断定はできないが、あの幅だとダハプリズムを入れていないだろうからおそらく双眼鏡ではなく双眼望遠鏡だと思われる。これを仕入れたと思われる1970年代で双眼望遠鏡というとかなりの珍品だと思われるので見せてもらいたいがいかんせん店の人が今いないようだ。

まだしばらくこちらにいるので、今日のところはあきらめてまた後日ゆっくり見てみることにしよう。と店の中をもう一度見ると、紐につながれたきれいなネコがいることに気がついた。今度来る時はネコにおみやげでももってきてやろうかな。
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上島町弓削島日記その7、因島土生商店街の思い出


昭和40年代、親と一緒に弓削の祖母の家へ遊びに行くのが夏の楽しみだった。昭和40年代の弓削は今治から来た自分にとってはやはり田舎という感じだったが、親の用事で時々一緒に渡ることのあった土生はその今治から比べても活気があったように見えたものだ。

そのころの土生のにぎわいを知っている者として、シャッター街となった土生商店街は見るに忍びないものがある。橋ができてから過疎化がさらに進んだのではないだろうか、母にアイスを買ってもらったあの店ももう見つけることができなかった。

そんななか子どもの頃は気づくことのなかった酒屋、というか土生商店街の中で数少ない(?)営業している店なので必ず分かるのだが木村酒舗という店が目に留まった。正面から見ると何の変哲もない普通の酒屋に見えるが横に回ると黒い倉造りの建物が目につく。
これはもしかすると元酒造?と思い早速その場で検索してみるとやはり昔は酒造元で1902年創業の老舗店のようだ。今日は中に入る時間がなかったのだが店の奥には試飲立ち飲みコーナーもあるようだからどんな酒を作っていたのかこんどじっくり聞いてみたい。

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上島町弓削島日記その6、せんざんきの憂鬱


個人的な話で申し訳ないが、自分はせんざんきが大好きだ。

せんざんきを知らない人のためにWikipediaより転載

せんざんきとは、愛媛県北部の今治市を中心とした地域の料理店で出される鶏の骨付きから揚げのことである。単に「ざんき」とよぶこともある。また「ざんぎ」と呼ばれることもある。料理名やスパイス類を多く使っていることなどからすると、中国料理に何らかの影響を受けているとみるものもある。もちろん、今日ではキジではなくニワトリを用いる。今治近郊では、養鶏家も多い。通常のから揚げよりも、やや大きめにぶつ切りしているのが特徴である。

東京でも食べたいと思うのだがもちろんない。知人に説明しても「で、唐揚げとなにが違うの?」と言われるのだが上手く説明できない、せんざんきはせんざんきなのだ。
こちらに帰ってくると食べたいのは魚でもなくお好み焼きでもなくせんざんきなのだ。正直東京にいれば日本中の最高の食材は東京に集まるので金さえ出せば島よりおいしい魚はいくらでもある。だがこの全く有名でないB級グルメのせんざんきは東京で食べることができない。名古屋コーチンの唐揚げ、比内鶏のお造り、かたたやのシャポーン鶏、東京のどんな高級店の鳥料理でもこの自分のせんざんき飢餓感を埋めることはできないのだ。

もちろん広島文化圏のこの島でも見つからずせんざんきの代わりに生協の唐揚げでお茶を濁しているのだが、去年フェスパ(弓削島にあるホテル)のレストランイルマーレで見つけた。名前こそ鳥の唐揚げだがそれは間違いなく「せんざんき」だった。
料理人が今治の人なのだろうか?去年食べたのが帰る直前だったので一度しか食べられなかったが今年もまたあるだろうか、忙しくて今年はまだイルマーレに行ってないが今から楽しみだ。

今日の撮影場所
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上島町弓削島日記その5、しまのお好み焼き事情


先日しまの食べ物事情の話をしたが今日はお好み焼きの話を。

わざわざ島にきてお好み焼き?という向きもあろうがやっぱり夏に海で遊んだ後には刺身定食じゃなくお好み焼きや焼きそばが食べたくなる。いや、食べなければならない(笑

上島町はれっきとした愛媛県なのだがお好み焼きはどこも広島風だ、そしてそれはどこもかなりおいしい。その理由はもちろん向かいにある因島の影響に他ならない。

以前弓削島には産業らしい産業がないと書いたがじゃあどうやって経済が成り立っているかというとほとんどが向かいの因島にある造船所がらみだ。そこへ弓削島から出稼ぎに出る訳だがその影響でお好み焼きが広島風になった。

ただ最近は造船景気も以前ほどではないので今ではそれほど依存していないがお好み焼きは残った。

さて肝心の島でおいしいお好み焼きだが、あえてピックアップするならひとつはログハウス弓削の先、下弓削1992にある「ラーメン党」そして駐在所の先、弓削明神324にある「鉄板焼きぷく」最後に家老渡フェリー乗り場上弓削238にあるお好み焼き屋の3つというところだろうか。

ラーメン党は松原で泳いだ後にぴったりな感じ、ぷくはお好み焼き以外の鉄板焼きも充実。家老渡の店はボリュームたっぷり食べごたえあり。


おまけ情報;今治のお好み焼き

今治にもお好み焼きはある、自分は今治出身なので言ってもいいと思うのだがはっきり言ってそれほどおいしくない。理由は作り方にある。今治人はせっかちで有名だ、やきとりでも早く焼くために上からも鉄板で押さえて焼く。そしてお好み焼きも広島焼きのように押さえつけて焼くのだがその材料は大阪風の材料なのだ。つまり焼いている途中に触ることを禁じられている大阪風お好み焼きをぎゅうぎゅうおしつけて焼いているようなものだ。結果は推して知るべし、大阪風のフワフワ感もなければ広島風のゴージャス感もない。実に貧相なお好み焼きなのだ。
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上島町弓削島日記その4、しまのかみは海からやってくる


ハワイしかり沖縄しかり、島の神は海からやってくることになっている。

この弓削島にもいくつか神社があるがそのほとんどが海に向かって建てられている、写真は弓削島で一番大きい弓削神社の鳥居だ。弓削神社のHPによると

 弓削島は物部氏の領邑であって、物部連の一族である弓削部の一族が此の地に移り住み、祖神で有る饒速日命を氏神として社殿を建立、祭祀を行った。その後、永享3年7月社殿を再建し、久司神社と改称したが、寛政2年4月吉田家により弓削宮と改めた。明治4年弓削神社となる。境内からは松原ごしに穏やかな海が広がり松原を背にした波静かな遠浅の海岸は、夏ともなれ大勢の海水浴客で賑わう。

とある

海の神と山の神、なんとなく海の神の方がのんきなイメージがあるが、松原に遊びにきた学生の自転車が咎められることなく鳥居の横に置いてあったりするのものどかでいい。


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